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「コンプレックス」がある人が「自意識過剰」に陥りやすい理由は、「他人に対する不信感と疑い」

心理学 メンタル

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「コンプレックス」がある人が、「自意識過剰」に陥りやすい理由

コンプレックスを持っている人は自意識過剰に陥りやすい。

 

なぜコンプレックスを持っている人は自意識過剰に陥りやすいのか?

 

それは他人に対して不信感・疑いを持っているからだ。

 

どんな不信感・疑いを持っているのか?

 

自分のコンプレックスを見て、笑われるのではないか、バカにされるのではないか、悪口を言われるのではないか、責められるのではないか、いじめられるのではないか、という不信感と疑いだ。

 

そんな不信感・疑いを他人に対して抱いているから自意識過剰に陥りやすいのだ。

 

なぜそういう不信感・疑いを持っているのか?

 

不信感・疑いを持ってしまう原因

1、トラウマ

過去にコンプレックスが原因でバカにされたり、いじめられたり、失恋したりしたなどの経験がある。その経験で深い心の傷を負い、トラウマになってしまった。そのトラウマが原因で他人に対して不信感・疑いを持つようになってしまった。

 

2、「コンプレックがある=バカにされる」という強い思い込み

本やテレビ、ネットなどには、「コンプレックがあるとバカにされる」というイメージを強化するような情報が溢れている。そんな負の情報に晒されているうちに自分の中の「コンプレックがあるとバカにされる」というイメージが知らず知らずのうちに強化されていく。

 

そのため自分の中にコンプレックスが生じると「バカにされるのではないか」という疑いを抱きやすくなる。

 

3、自分自身が誰かのコンプレックスを悪く言ったり、馬鹿にしたりした経験がある

自分自身が誰かのコンプレックスを悪く言ったり、笑ったりという過去があったり、コンプレックスがある人をバカにする傾向があったりすると不信感・疑いを抱きやすくなる。

 

人は自分が○○だから他人も○○と思うときがある。

 

たとえば、アイドルが好きだという男性がいるとする。この男性は自分がアイドルが好きなのだから他の人もアイドルが好きだと思い、他人にもアイドルの話をする。

 

アイドルが好きではないのに、他人もアイドルが好きと思う。そんな勝手な思い込みをする人がこの世の中にはいるのだ。

 

そういう人は「自分がコンプレックスを持っている人をバカにしていたのだから、自分もバカにされるに違いない」と思い込みやすい。

 

以上のような理由でコンプレックスを持っている人は他人に対して不信感や疑いを抱きやすくなってしまう。コンプレッスが酷くなるほどに不信感・疑いをさらに抱きやすくなる。

 

不審や疑いがあると、他人が自分のことを見て、「本当に笑われている、バカにされている、悪口を言われている」ような錯覚を抱く。その錯覚は不信感・疑いが強いほどに酷くなる。

 

不信感・疑いの強さはコンプレックスの強さに比例する。つまりコンプレックスが酷くなるにつれ、不信感・疑いが強くなり、同時に「本当に笑われている、バカにされている、悪口を言われている」ような錯覚も強くなるということだ。

 

その錯覚は強くなるほどに真実味が増していく。つまりコンプレックスが強い人は本当に笑われている、バカにされている、悪口を言われている」と思うようになってしまうということだ。

 

その錯覚は真実である場合もある。でも妄想にすぎない場合もある。どちらかと言えば妄想である場合のほうが多い。

 

世の中には他人のコンプレックスなど興味ないという人がたくさんいるからだ。他人自体に興味がない人だってたくさんいる。それなのにコンプレックスが強い人はすべての人が自分を笑っている、バカにしているという妄想に苛まれる。世界中の人が自分を見ればバカにする、笑うという妄想を抱いている。

 

コンプレックスにはそういう妄想を人に抱かせる力があるのだ。

 

そんな妄想を抱きやすくなっている人はそういう妄想を人と会うたびに抱いてしまうため疲れてしまう。妄想だと思っても、その妄想が真実ではないかと思ってしまう。実際に笑われるのではないか、バカにされるのではないかと恐れを抱いている。だからコンプレックスが酷い人は疲れる。本当に疲れる。

 

コンプレックスが原因の自意識過剰は人間不信だ。この人間不信を治さないかぎり、克服は不可能だ。いや、はっきり言ってこの人間不信を完全に克服することはぜったいに不可能かもしれない。

 

でもこの人間不信を軽くする方法はある。

 

その方法をいくつか紹介しようと思う。

 

人間不信を軽くする方法

1、他人の悪口を言わない

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他人の悪口を言わないようにすれば、他人も自分の悪口を言わないように思えるようになってくる。完全にそう思い込むことは不可能だが、他人の悪口を言わない時間が増えれば、確実に他人も悪口を言わないという信頼感は強くなる。

 

他人の悪口を言い続けるかぎり、他人も自分の悪口を言ういうイメージは強固に自分の中に存在し続ける。いや、他人の悪口を言い続けるかぎりそのイメージは日々強固になっていくと考えたほうがいいかもしれない。

 

●目には目を、歯には歯を

目には目を、歯には歯をという言葉がある。この言葉は他人にした酷いことは、そっくりそのまま他人にされるという意味の言葉だ。つまり他人の悪口を言えば、他人から同じ悪口を言われるということだ。

 

人には復讐心という感情がある。この感情は誰もが抱く可能性のある感情だ。この感情を抱くと自分が他人によって味わった痛みと同じ痛みを相手に与えたいと思う。いや、ときにはそれ以上の痛みを与えたいと思うこともある。実際にその思いを体現してしまう人もいる。

 

そんな人間心理を考えると、「目には目を、歯には歯を」という言葉は正しい言葉だということになる。

 

もちろん、すべての人間は復讐を考え、それを実行に移すというわけではない。でも、そういう人間が多いというのは事実だと思う。だから世の中からつまらない口ケンカがなくならないのだと思う。

 

「目には目を、歯には歯を」という言葉は正しい言葉だということは、「悪口を言えば悪口を言われる」という理論も間違いではないということになる。

 

実際、世の中には悪口を言われたから、悪口を言い返すという行為を見かけることが多い。

 

ということは悪口を言われたら、悪口を言い返すという習慣のある人が多いということになる。

 

この習慣を持った人が多いから「コンプレックスを持つと悪口を言われる」というイメージを抱いてしまう人が多いのだと思う。

 

でも、世の中にはこんな悪しき習慣を持った人ばかりではない。悪口を言わない人もたくさん存在する。でも、そのことを信じることができない。なぜか?

 

自分の中にも他人を悪く言う傾向があるからだ。あるいは悪く見る傾向があるからだ。だから悪口を言わない人いることを信じることができない。

 

悪口を言わない人いることを信じるためには、そして他人を悪く言う・悪く見る傾向を改善するためには自分自身が悪口を言わない人になるしかないと僕は思う。

 

そうなることができれば、この世の中には自分のように悪口を言わない人がいると思うことができるようになる。自分が悪口を言わないのだから、他人も悪口を言わないだろうと思うことができるようになる。

 

そういう境地にたどりつくことは難しい。はっきり言って不可能だと思う。でもその不可能に近づくことはできる。毎日、少しずつ他人の悪口を言わないことを実行していれば、少しずつ、確実に、他人に対して良いイメージを持つことができるようになるし、自分に対しても良いイメージを持つことができる。

 

だから少しずつでいいので悪口を言う回数を減らしてほしい。

 

2、自分を褒める

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自己批判・自己否定する人は他者批判・他者否定をしやすい。物事を批判的・否定的に見る傾向が強いからだ。

 

そういう傾向を改善するためには自分を褒めることが有効だ。テストで良い点を取ったとき自分を褒める。卵焼きが上手に焼けたとき自分を褒める。他人に良いことをしたとき自分を褒める。そんな褒め習慣を身につけると批判・否定傾向を軽くすることができる。

 

●批判・否定する習慣は自然と身につく習慣

批判・否定する習慣は自然と身につく習慣だ。

 

義務教育を受けていれば自然と身につく習慣だからだ。

 

なぜか?

 

それは先生がそういう習慣を強制的に身につけさせるからだ。テストで良い点を取らせるために自分の悪い点を探す努力をさせ、改善する努力をさせる。それを先生はしつこいくらいに生徒に強制させる。そのため生徒は自然と自分の悪い点を探す習慣・それを改善する習慣が身につく。悪い点を探すという行為は今の自分を批判する行為であり、今の自分を否定する行為だ。そういう行為を義務教育の中で繰り返し実行したため、自己批判・自己否定の習慣が身についてしまったのだ。

 

これは悪い習慣ではない。社会に適応する大人を作るためには必要な習慣だ。だから誰もがこの習慣を身につけさせようとし、身につけようと努力をする。その努力は間違いではない。

 

でもこの習慣が人を他者批判・他者否定しやすい傾向を作る原因となっている。

 

自分自身を批判否定する習慣があるからついついその習慣を他人にも使ってしまう。そういう癖を持つ人が世の中にはたくさんいる。コンプレックスを持っている人の中にもそういう癖を持つ人がたくさんいる。

 

だから「自己批判・否定する⇒他人の自己批判・否定する⇒他人も自己批判・否定する」というイメージを持ってしまう。そのためコンプレックスを持っている人は他人に対して不信感・疑いを持ってしまうのだ。

 

自己批判否定の習慣が癖となり、他人の批判否定の癖となっている。そのためネガティブなイメージを持ってしまっている。そういう人がたくさんいる。そのため人間不信に陥っている。そういう人もたくさんいる。

 

そんな人間不信から抜け出すためにも自分を褒めるという行為・習慣を身につけてほしい。習慣には意識的に行為を繰りかえさなければ身につかない場合がある。ほめる習慣はその典型だ。意識的に褒める行為を繰り返さなければ身につかない。

 

だから褒める行為を繰り返し、その行為を習慣化してほしい。そうすれば自己批判否定する時間と回数が減る。その時間と回数が減れば、他者を批判否定する時間・回数も減る。そうなればネガティブなイメージも弱くなる。そのイメージが弱くなれば、人間不信も軽くなる。

 

ネガティブなイメージを軽くし、人間不信も軽くするためにも自分を褒める習慣を身につけてほしい。

 

思考に気をつけなさい
それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい
それはいつか行動になるから

行動に気をつけなさい
それはいつか習慣になるから

習慣に気をつけなさい
それはいつか性格になるから

性格に気をつけなさい
それはいつか運命になるから

これはマザー・テレサ が残した言葉だ。
マザーテレサも行動は習慣となり、習慣は性格になると言っている。僕はこの言葉が好きだし、正しいと思っている。だから肝に銘じている。肝に銘じているから行動に気をつけている。悪い習慣を身につけないために。悪い性格にならないために。

 

まあ、完全に自分の中から悪い習慣、悪い性格を消し去ることはできていないが・・・それでも彼女の言葉を心に刻み、よくなろうと心がけ、行動してきたおかげで昔よりはマシな人間になれたと思う。

 

劣等感の塊みたいな人間だった僕でさえ心がけと行動を変えたおかげでそれなりに自信を持ってマシな人生を送ることができるようになれたのだ。

 

だから誰だって心がけを変え、行動を変えればコンプレックスを軽くすることは可能だと思う。ネガティブな性格だって変えられると思う。

 

自分を変えるため、コンプレックスを少しでも軽くするため、まず自分を褒めることから始めてほしい。それを繰り返していればいずれその行動が習慣となり、性格となると信じて始めてほしい。

 

●自分を褒めるとは自分を肯定すること

自分を褒めることは何も言葉で褒めるだけという意味ではない。自分にご褒美を上げることも褒める行為のひとつだ。良いことをしたり、良い結果がでたりしたとき、自分に美味しいものを食べさせてあげたり、ほしいものをプレゼントすることも立派な褒め行為だ。自分に好きなことをさせてあげたり、楽しい時間を過ごさせたりすることも褒め行為だ。

 

このように自分の自由を許してあげたり、甘えを満足させたりしてあげることも立派な褒め行為だ。

 

ぜひ自分の生活に取り入れてみてほしい。

 

人生はアメとムチだと僕は思っている。

アメだけでもダメだし、

ムチだけでもダメ。

両方を上手に使い分けることが大事だ。

 

そう僕は思っている。

 

だから自己批判・否定というムチだけではダメだと僕は思う。そんなことをつづけていれば、精神的にも肉体的にも疲れきってしまう。

 

自己肯定だけというアメだけでもダメだと僕は思う。そんな生き方を続ければ自分勝手で人の痛みのわからない人間になってしまうと思う。

 

だから、自己批判・否定と自己肯定をバランスよく使うことが大事。

 

そう僕は思っている。

 

そうすることができるようになれば強いコンプレックスを抱き、酷い人間不信に陥ることはないのではないだろうかと僕は思う。

 

3、イメージを変える

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この絵を見て、あなたはどう見えただろうか?

人と人が向き合っているように見えた人もいるだろう。

壷の絵に見えた人もいるだろう。

 

現実でもこの絵と同じ現象が起きる。

 

たとえば会話をしている男女がいるとする。その男女を見て、自分が悪口を言われているのではないかと疑う人もいれば、自分のことを褒めているんじゃないかと思う人もいれば、密談でも交わしているのではないかと考える人もいる。

 

同じ会話している男女を見たのにもかかわらず、人によって解釈が違ってしまう。そういうことが現実でも頻繁に起きているのだ。

 

なぜ、そういう違いが生じてしまうのか?

 

それは他人に対するイメージだ。他人に対して悪いイメージを持っている人は悪い解釈をしやすくなり、他人に良いイメージを持っている人は悪い解釈をしやすい。

 

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この絵を見て、ある人は人と人とが睨み合っていると解釈する人もいる。そう解釈する人の中には人と人とは争いばかりするという強いイメージがある場合が多い。そういうイメージが強い人は街中で会話をしている人を見ても、口ケンカをしているという解釈をしてしまいやすくなる。

 

このように他人に対するイメージによって、現実の見え方が変わってしまうのだ。

 

コンプレックスのある人にも他人に対して悪いイメージがある。他人だけではない。自分自身にも悪いイメージがある。

 

そういう一度定着してしまったイメージを変えるのは難しい。でも不可能ではない。少しずつ良いイメージを持てるようにがんばれはいつかはその悪いイメージを変えることができる。

 

どうすれば良いイメージを持つことができるか?

 

それは悪口を言う回数を減らしたり、自分を褒めたりなどの行為をすることによってイメージは変えられる。

 

他人の悪口を言っていると自分の中で他人も悪口を言うというイメージができやすい。人は他人も自分と同じと思ってしまうときあるからだ。他人も自分も同じ人間。だから自分と同じように他人も悪口を言っているに違いない。そう思ってしまうことが人にはある。そう思い込んでしまうと「他人=悪口を言う」というイメージが強くなってしまう。そうなると他人を疑いの目で見やすくなってしまう。他人が自分の悪口を言っているという妄想を抱きやすくなってしまう。

 

そうならないためにもまず、自分が悪口を言う回数を減らしてほしい。そうすれば他人も自分のように悪口を言っているというイメージが弱くなる。弱くなれば、他人に対する疑いも弱くなる。妄想も弱くなる。

 

イメージは習慣によって変えることができる。だから悪口をなるべく言わないを習慣にしてほしい。いきなり悪口を言わないという完璧を目指す必要はない。少しずつ悪口を言う回数を減らしてほしい。同時に自分の悪口・批判する回数も減らしてほしい。

 

そうすればイメージを変えることができる。

 

ほかにも悪いイメージを変える方法はある。

 

ボランティアをすること、ゴミ拾いをすること、きちんと挨拶すること、規則正しく生活すること、自発的勉強すること、運動をすること、チャレンジしたことないことにチャレンジすること。

 

それらすべてが自分の悪いイメージを変えるのに役立ってくれる可能性がある。

 

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