【村上春樹】【小説】【名文】「1Q84」の文章の中から僕の気に入った表現を抜粋してみた。

『1Q84』は、村上春樹の12作目の長編小説だ。その小説の中から僕の気に入った文章を抜粋してみた。

 

独断と偏見で抜粋したので、この記事を読む人すべてが「素晴らしい文章だ!」と感動することはないと思う。でも、この記事を読んだ何人かは感動してくれると思う。その数人のためにこの抜粋記事を捧げる。

 

f:id:kanifkdlljdl:20161225140820j:plain

 

「1Q84」の文章の中から僕の気に入った表現を抜粋してみた

 

●中年の運転手は、まるで舳先に立って不吉な潮目を読む老練な漁師のように、前方に途切れなく並んだ車の列を、ただ口を閉ざして見つめていた。

 

●一九二六年には大正天皇が崩御し、年号が昭和に変わった。日本でも暗い嫌な時代がそろそろ始まろうとしていた。モダニズムとデモクラシーの短い間奏曲が終わり、ファシズムが幅をきかせるようになる。

 

●彼女は、大海原に単身投げ出された孤独な漂流者のような気持ちになった。

 

退役した参謀が過去の作戦について語るような口調で運転手は言った。

 

●ヤナーチェックが個人的にどのような人物だったのか、青豆は知らない。いずれにせよおそらく彼は、自分の作曲した音楽が一九八四年の東京の、ひどく渋滞した首都高速道路上の、トヨタ・クラウン・ロイヤルサルーンのひっそりとした車内で、誰かに聴かれることになろうとは想像もしなかったに違いない。

 

●彼女はとくにクラシック音楽のファンではない。ヤナーチェックについての個人的な思い出があるわけでもない。なのにその音楽の冒頭の一節を聴いた瞬間から、彼女の頭にいろんな知識が反射的に浮かんできたのだ。開いた窓から一群の鳥が部屋に飛び込んでくるみたいに。

 

●運転手はそう言って、こりをほぐすように軽く何度か首を振った。首の後ろのしわが太古の生き物のように動いた。

 

●録音された拍手を長く聞いていると、そのうちに拍手に聞こえなくなる。終わりのない火星の砂嵐に耳を澄ませているみたいな気持ちになる。

 

●「現実はいつだってひとつしかありません」書物の大事な一節にアンダーラインを引くように、運転手はゆっくりと繰り返した。

 

●「ヤナーチェック」と運転手は反復した。大事な合い言葉を暗記するみたいに。

 

●彼女は十メートルばかり前方にある緊急避難用スペースに向けて、高速道路の端を注意深く歩いた。反対行きの車線を大型トラックが通り過ぎるたびに、高いヒールの下で路面がゆらゆらと揺れた。それは揺れというよりはうねりに近い。荒波の上に浮かんだ航空母艦の甲板を歩いているようだ。

 

●唇はまっすぐ一文字に閉じられ、何によらず簡単には馴染まない性格を示唆している。細い小さな鼻と、いくぶん突き出した頬骨と、広いひたいと、長い直線的な眉も、その傾向にそれぞれ一票を投じている

 

●人々は彼女がハイヒールを脱ぎ、それからコートを脱ぐ様子を無言のまま見守っていた。すぐ前に止まっている黒いトヨタ・セリカの開いた窓から、マイケル・ジャクソンの甲高い声が背景音楽として流れてきた。『ビリー・ジーン』。ストリップ・ショーのステージにでも立っているみたい、と彼女は思った。いいわよ。見たいだけ見ればいい。渋滞に巻き込まれてきっと退屈しているんでしょう。でもね、みなさん、これ以上は脱がないわよ。今日のところはハイヒールとコートだけ。お気の毒さま。

 

●非常階段は目の前にある。灰色に塗装された鉄の階段だ。簡素で、事務的で、機能性だけが追求された階段。ストッキングだけの素足に、タイトなミニスカートをはいた女性が昇りおりするように作られてはいない。ジュンコ・シマダも、首都高速道路三号線の緊急避難用階段を昇りおりすることを念頭に置いてスーツをデザインしてはいない。

 

●それが天吾にとっての人生の最初の記憶だ。その十秒間ほどの情景が、鮮明に意識の壁に焼き付けられている。前もなく後ろもない。大きな洪水に見舞われた街の尖塔のように、その記憶はただひとつ孤立し、濁った水面に頭を突き出している

 

●子供が自分のまわりにある情景を、ある程度論理性を有したものとして目撃し、認識できるようになるのは、少なくとも三歳になってかららしい。それより前の段階では、すべての情景は理解不能なカオスとして目に映る。世界はゆるい粥のようにどろどろとして骨格を持たず、捉えどころがない。それは脳内に記憶を形成することなく、窓の外を過ぎ去っていく

 

●意識は一刻も早い覚醒を求めていたが、筋肉や内臓のシステムがそれに抵抗していた。季節を間違えて、予定より早く目を覚ましてしまった冬眠動物のように。

 

●小松は微笑んだ。普段は開けることのない抽斗の奥からひっぱり出してきたような微笑みだった。

 

●「この子は何か大事なものを持っている。どんなものだか知らんが、ちゃんと持ち合わせている。そいつはよくわかるんだ。君にもわかるし、俺にもわかる。それは風のない午後の焚き火の煙みたいに、誰の目にも明らかに見て取れる」

 

●小松は出来の良い生徒を前にした教師のように目を細めた。

 

●笑うことはあまりないが、いったん笑うと顔中が笑みになる。しかしそうなっても、とくに楽しそうには見えない。不吉な予言を準備しながらほくそ笑んでいる、年期を経た魔法使いとしか見えない。

 

●天吾は新しい小説を書き上げると、小松のところに持っていった。小松は読んで感想を述べた。天吾はその忠告に従って改稿した。書き直したものを持っていくと、小松はそれに対してまた新しい指示を与えた。コーチが少しずつバーの高さを上げていくように。


●「芥川賞」と天吾は相手の言葉を、濡れた砂の上に棒きれで大きく漢字を書くみたいに繰り返した。

 

●「君が本来書くべきものは、君の中にしっかりあるはずなんだ。ところがそいつが、深い穴に逃げ込んだ臆病な小動物みたいに、なかなか外に出てこない。穴の奥に潜んでいることはわかっているんだ。しかし外に出てこないことには捕まえようがない。時間をかければいいと俺が言うのは、そういう意味だよ」

 

●「俺が望んでいるのは、文壇をコケにすることだよ。うす暗い穴ぐらにうじゃうじゃ集まって、お世辞を言い合ったり、傷口を舐めあったり、お互いの足を引っ張り合ったりしながら、その一方で文学の使命がどうこうなんて偉そうなことをほざいているしょうもない連中を、思い切り笑い飛ばしてやりたい。システムの裏をかいて、とことんおちょくってやるんだ。愉快だと思わないか?」

 

●おすすめ記事

文章力は「本を読む⇒文章技術を盗む⇒書く」を繰り返さないと高めることはできない

【名言集】羽生善治の名言 稀代の天才棋士が残した深すぎる言葉

【名言集】 イチローが残した心に響く名言